剣客無双?
                〜 砂漠の王と氷の后より
 




   ……………………はい?


風のない日だったものだから、
そりゃあ静かな沈黙の間合いが、どのくらいの刻を飲み込んだものか。

 「……。」

ここは正体を見せねば収まらぬとでも思うたか、
剣を持たぬ側の白い手で、頭を覆う紅色のヒジャヴを掴んだその途端、
さすがは練達揃いの顔触れで、周囲にいた人々がほぼ全員、

 「うあっ!」
 「ご勘弁下さいませっ、妃様っ!」

王妃なぞという格別なお人の素顔なんてものを、
しかもここまで間近に見たものならば。
どんなに凄まじい罰が当たるやも知れぬという順番で。
本来なれば女性の側が“見られるは禁忌”と恐れるのと
全く逆の恐れられよう。
ガバと皆してお顔を伏せてしまったその中で、
ヒジャヴからほどかれての躍り出した金の髪も華やかに、
そりゃあ端正なご尊顔が、
つんとお澄まししたまんまであらわになっていたりして。
しかもその上、

 「……っ。」

ぶんっと、その身に添わせていた太刀を一振るいすると、
そのまま頭上へ振り上げつつ、一気に駆け出して来るではないか。

 「や…っ。」

いけませんとか危ないとか、何てことをとかご乱心かとか。
途轍もない緊迫感の中、
言いたい言葉が一気に口へと殺到し、
却って何も絞り出せなんだままの従者さんの眼前で。

 「……。」

こちらはそりゃあ無造作なもの。
腰へと差しておいでだった大剣を、鞘ごと掴んで引き抜くと、
左腕だというにそのまま、自分の前へと差し渡すことで盾として。
上段から振り下ろされた、軽くはなかろう一撃を、
難なく受け止めての防いだ覇王様であり。

 “うわ〜〜〜っ!!”

そこまで計算をした訳ではなかろうが、
キュウゾウが髪やお顔をあらわにしたの、
見てはならぬと皆してお顔を伏せていたのが幸いしたような。
だって、選りにも選って国王へ、
刃引きされているとはいえ、太刀を打ち下ろすなんて、
不敬罪どころじゃ収まらぬ大罪もいいところ。
カンベエ自身も、
そんなことを咎めるつもりはさらさらないらしくの平然としたもの。
誰も見てはないならそれでよしということか、
相手の剣を支えたそのまんま、
間近になった…今日はなかなかに凛々しい妃のお顔を、
それは楽しそうに目許細めて眺めておいでで。
ただ、

 「いかがした。
  退屈が過ぎてのこと、
  女傑らに遊んでもろうておったのか?」

いくら地位ある存在でも、いやさ、そのような人物であれば尚更に。
戒律違反でもあろう 女だてらの立ち合いに始まり、
今の今も、殿御がいる場でお顔をあらわにした大胆さは、
王が許すのどうのではなくの次元にて、
下手をすれば謹慎を迫られよう級の至らなさ。
下々が相手だからというのは、最も言い訳にしてならぬ傲慢さの露呈で、

 “まま、それはなかろうが。”

皆がうつ伏せている中、
供の従者を連れてのそのまま、試合場までを踏み込んでいたカンベエ。
やっとのこと、自分の剣を引いたキュウゾウへ、
やわらかな手触りのする綿毛を、大ぶりの手でぽんぽんと押さえてやって。
ヒジャヴとベールをかぶり直すよう促…すかと思いきや。

 「内宮へ戻るぞ。」
 「……っ☆」

小柄な妃のか細い腰回りを、片手だけでぐいと引き寄せると、
そのまま自身の羽織ったビシュトの中へ掻い込まれてしまわれる。

 「な…っ。」

恐らくは“何をするか”と言いたげに、目許を尖らせた妃じゃあったが。
細いあごをのけ反らせるほどにして見上げて来た、
そんな彼女を至近から見下ろした、覇王様の眼差しがまた、

 「何だ?」

先程の恐ろしい立ち合いのときの穏やかさとは打って変わって、
今度こそはの 有無をも言わさぬ鋭さだったため。

 「う…。」

素直にしぼんだ琥珀の妃だったのは言うまでもなく。
自分の懐ろへと妃を収めた覇王様、

 「騒がせたな。
  後で両陣営へ、陣中見舞いに酒でも届けさせようぞ。」

あっけらかんと言い残し、
ではさらばだと、手合わせの儀の場から立ち去った。





祭日でもなきゃ厄日でもない、
そこそこいいお日和の穏やかなよき日に、
前代未聞のとんでもないことしでかした(けど恐らくは無かったことになろう)、
琥珀の宮の妃様の言うことにゃ、

 『手合わせで一等勝てたなら、
  お主の耳にも入っての、もしかして…。』

 『謎の女傑として、直に手合わせ出来たかも知れぬと?』

こくこくとそこは素直に頷く、
金髪紅眼に色白痩躯、姿だけなら十分可憐なお妃様だったのへ。
いやいやいや、一介の衛士が、しかも女性が、
いくら注目されたとて、覇王様と手合わせなんてまずは無理だろと。
常識的になら そう思うところだが、

 『う〜ん、否定は出来ぬな。』
 『陛下…。』

そそられるのは間違いないと、
こちらもまた、感慨深げに頷いてしまった覇王様を、
恐れることなくの こらこらと諌めた従者は、
実は瑪瑙の宮様こと、第二妃のヘイハチ様で。
まんまと乗せられてどうしますかと、
二人掛かりの無茶と無体へ、こめかみを押さえた彼女に任せてのこと。
今日のところは自分の宮へお戻りなさいと、
白亜の後宮の入口で、
愛しの跳ねっ返りのお妃様の痩躯を見送った覇王様。
名残り惜しいか、途中で一度だけこちらを振り返った幼い妻殿へ、

 『今宵も逢えようから案ずるな。』
 『〜〜〜〜。/////////』

にこやかに笑んでの、大ぶりな手のひらを振って見せつつ、

 “まったく…。”

内心では ついのこととて大きめの溜息が一つ。
そう言えば、キュウゾウは剣の腕も相当なもので、
母国じゃあ武官長から指南を受けてもいたと訊いている。
いつぞやも、謁見の最中に暴漢から襲われかけた折、
彼女をまで庇ったカンベエへ、
見下すかと腹を立てたか、
壷を投げつけて来た気丈夫だしのと苦笑をし。

 “とはいえ…。”

どれほどのこと 跳ねっ返りな第三妃であれ、
このような外連(けれん)の仕立てを自分で思いつくとも思えない。
腕に覚えのある血気盛んな姫じゃああるので、
問答無用で御前試合への乱入…辺りならば思いついたとしても、
今日のような一段階前からの企みとなると、
段取りを整える途中で、
内宮の外へ出るのみならず、
このような危ないことをなさっては…との
クギを刺す者が現れていいはずで。
そういった察しが飛び抜けていいだろう“誰かさん”が、
こたびは丸きりの手放しでいたなぞと、
却って不自然な運びでしかない…となると。

 “さては シチロージめ。”

きっとあの聡明な第一妃辺りが、
姿は無けれど何かしら貢献しておいでに違いない。
ヘイハチに吹き込ませてのこと、
見物にと腰を上げたカンベエが通りかかれば、
このようにコトを収めるだろうことまでも、きっと見越していたのだろ。

 “来なけりゃ来ないで…。”

女傑らの中に、彼女の忠臣のシノがいたので。
カンベエが現れなかったらならば、
これでは最終目的には届きませぬと上手に言い含めでもしたのだろ。

 “とはいえ…。”

最初の手合わせからして
もしかしたらば、どちらかが相当な深手を負った運びになったかも知れず。
それがキュウゾウの側であったなら、
剣を振るった者には、
まさかに叛意なぞなかろうし、
故意ではなかろと判りきっていても、それ相応の罰も下されよう。
彼女がけろりとしておいでという結果になったらなったで、
男衆らの面目が潰れたまんまとなっての、
先程の騒ぎのように彼らからの不興を買ってしまい、
たといキュウゾウの正体が明かされても、
その後の後宮周縁はギスギスとした空気になったやも知れぬ。
それが響いてのこと、
まさかとは思うが…根に持つ輩がおったなら、
いざ何事か穏やかならぬ事態が起きたおり、
お強い妃様がおられるのだ我らの力なぞ要るまいと、
親身に守ろうという構えにならぬかも知れぬ…という、
誰にとっても善いとは思えぬ流れになったかも。

 「……。」

そも、こちらの内宮は単なる後宮ではない。
政敵になれば少なからず厄介な、四方地域の要でもある姫らをば、
妃として迎えておいで…という見方も出来るよな顔触れが揃っており。
そして、そうであるからには、
覇王の宝だというのみならず、王政の要柱たる妃らの居処でもあるだけに。
警護の将には人性も選りすぐった者ばかりを配置しているが、
それでも…という、余計な波風を招き兼ねない、
随分と考えなしな暴挙でしかなかったはずで。

 「……。」

考え過ぎかも知れぬと日頃の彼なら一笑に付すところだが、
ここで重要なのは、
剣もて仕合いにと立っていたのが彼本人ではなかった点で。

 “儂がそこまでを洞察した上で、
  遺漏のない収拾をつけられるかどうか。
  そういうところを試した妃なのやも知れぬ、か。”

緑を多く配した場所だからか、こちらの回廊には涼しい風もよく通る。
頬をくすぐり、さわ…と通った風が向かった先を見やれば、
陽だまりの中に、植物園のようになった緑の中庭が望める。
あくまでも長閑な、癒しの空間を供した先に住まう妃らは、だが、
物騒で大胆な仕儀を構えることさえ臆さぬ、正に“女傑”らだということか。

 “ふむ…。”

退屈は猫をも殺すというが、
この沙漠の大陸を統べる覇王を試そうという、
それはそれは大胆な、大それた仕儀を行のうた者がおろうとは。

 “安寧安泰な治世、大きに結構だが、
  覇王とて油断めさるなということか。”

いかにも精悍な彫の深いお顔に、男臭い笑みが ふっと浮かんだ。
…とはいえ、どうせのこと、
むくれて拗ねてるキュウゾウ妃をどうやって宥めようかなんて、
お暢気な腹積もりでも思いつかれただけに違いなく。
儂を梃子摺らせるような使い手はそうはおらぬぞ、
そんなことを公表するわけにはいくまいよと。
小っ恥かしいことをべらべらと並べて、丸め込むこと請け合いですが…。




     〜Fine〜  13.05.07.


  *今度こそはの、
   覇王カンベエ様の男ぶりを頑張って描いてみました。
   琥珀の宮 キュウゾウ妃様とて、
   護衛役の将官らを蹴たぐるほどの達人ではありますが。
   そしてそして、
   知略とか人望とか、カリスマ性とか、
   惣領格でしか持ち得ないものでの覇力が高けりゃあいいのだから、
   王様自身が必ずしも剣術の達人である必要はないのですが。
   今のところ、
   その太刀筋の巧みさでも達人でおわすということで。

   そして、
   覇王様のモノローグにて、名前だけご登場の、
   翡翠の宮様 第一妃も、なかなかにおっかないということで。
   直接対面しての言葉や表情のやり取りがなくとも、
   このくらいの腹の探り合いはしちゃうぞという、奥の深いご夫婦です。


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